#みねるばメモ

メモです

自分語り

最近人生が安定してきた。小6くらいのころにこうなりたいと思ってた人間像にはかなり近づいてきてて、方向性は悪くないからとにかくやっていくぞという段階にはいってきた。思えば今までの人生も静の時期と動の時期が交互にきてたように思うし、今は静の時期なんだと思う。人生が安定してきたといっても、つまんないとか、そういうわけではなくて、刺激は結構あるが、刺激にもパターンがあり、パターンが読めてきたという感じ。

興味の対象もだいぶ変わってきた。2年前くらいはプログラミングがマジで好きで、四六時中やってたけど、今はまあ、必要なときだけやればいいかなと感じてる。 前は理論物理とかすごく興味があって、勉強してたけど、数学の壁にぶつかってやめた。今は陸軍の用兵思想とか、歴史とか地理とか、文化人類学とかみたいな人文学っぽいものに興味があり、知らないことばかりだということもわかってきたので、勉強したい。

社会について、今は社会に適切に吸収されてるという実感がある。もともとある集団で何かが共有されてるのがわかるとそれが激しく嫌になってしまう体質があって、そのせいで社会での位置が不安定だったけど、社会というのは本当に凄くて、一定のパターンで動くとボーナスステージみたいのが現れる仕組みが備わっているっぽく、それが発動したっぽい。ボーナスステージがいつまで続くかはわからない。

自分の能力で一番強いのは虚勢を張る能力だということが最近わかった。頭は、良い方だと信じたい。自分が頭が良いと信じることで生きることへ対するモチベーションをひねり出してる感じがあって、これができなくなったら終わりなので信じつづける他ない。これが俺の信仰かもしれない。頭の良さというのも良い悪いと直線的に評価できるものではないと思うけど、だいたい「概念理解力」「思考速度」「記憶力」の3つのパラメータがあるかなと感じてて、俺は概念理解力がかなり高く、思考速度は並以下で、記憶力は平均よりましみたいな感じだろうと自己分析している。

自分の性格は、善いと思ってたけど、他人の性格を評価するのは苦手で、よくわからなかった。他人の何らかの行動をみて性格善いのか悪いのか考えると、両方が同じ論理で導き出されることが多くて、よくわからないし、そもそも性格について考えることが間違いなんだろうと思う。考えないと性格の善悪は大事だし、考えると性格というものには対称性があって、どちらが善か定めることは特に意味のないことだと思う。

物事について、抽象化して、そこから別の物事の話を持ち出すと、怒られることが多い。怒られるというか、性格が悪いとか、反社会とか言われることが多いなという感覚がある。でもこれやらなかったら何もできんだろ勘弁してくれ、、、